●「カウンターを乗り越えよう」が合い言葉
業種も業態もほとんど変わらない、A、B両社の業績を比較してみよう。
A社には、実は「カウンターを乗り越えよう」という合い言葉がある。ここで言うカウンターとは、得意先との間に横たわる仕切りみたいなもので、このカウンターを乗り越えてこそ、「新しい需要が隠れているぞ・・」という意味である。
例を紹介しよう。ある係長が息子と風呂に入っていた。息子が風呂桶を湯に沈めて遊んでいた。風呂桶を逆さにして湯に沈めると、桶内の空気が泡となり、息子はそれをオナラに見立てて、「わーい、お父さんのオナラだ!」と言ってはしゃいでいる。
この経験から係長(父親)は、ハタと思い出した。時に本四国架橋の三橋の中でも、最初の瀬戸大橋工事が目前に迫っていた時期である。工事では基礎となる橋脚の土台作りが重要だ。
得意先の旅客鉄道会社に行くたびに、橋脚工事の難しさが話題に上がらぬ日はない。係長はこの橋脚工事に伴う海底の岩盤整備が難工事なのを、知り尽くしている。発破をかけてもヒビが入る程度でびくとも動きゃしない。仕方がないから潜水夫の手で動かすのだが、口では簡単でも何しろ海底での作業だ。この工事だけで何日も何十日もかかるのだった。
係長はこの息子の湯遊びから、とんでもないヒントが閃いた。これがうまく行けば、海底の岩盤整備は難工事から、超簡単工事に変わるはずである。会社でも社長にまでこの話を上げて検討した結果、組織を上げて超スピードで実験することになった。

●会社の遺伝子として伝わる開拓魂
実際に近付けるために、東京湾でも実験した。その結果は上々である。
名称は、何とするか。「よし、水中クレーンにしよう」ということで話はまとまった。
途中経過を省くが、簡単に言えば耐久性のある風船となる袋を、潜水夫がもぐって岩盤に取りつける。そして船上のコンプレッサーから、空気を送り込むのである。するとやがて空気で膨らんで浮力がつく。すると、ちょっと手を加えるだけで岩盤は横に移動できるのだ。
これを鉄道会社の人の前で披露するや、みんなもびっくりして賛同しこの「水中クレーン」は目出度く採用と決まったのである。もちろん実際の工事でも威力を発揮したことは勿論だ。
こうしたA社の「カウンターを乗り越えよう」という精神は現在も受け継がれ、旅客鉄道会社からの厚い信頼は抜群なものである。
だから鉄道会社に何か困ったことが起きると、「じゃあ、A社に相談してみてはどうか」という反応が、決まり文句になっているのだ。
「じゃあ、A社に相談してみてはどうか」という得意先の反応こそ、じつはA社が狙っていたもので、言い換えれば、得意先の不自由こそA社の利益となる。
一般には、決まった得意先ができると、カウンターを乗り越えてまで仕事をすることはなく、ただ無難に注文をこなすのが精一杯、というのが当り前になっている。
いま紹介したのは鉄道会社の例だが、あの会社もこの会社も、A社には舌を巻いている。
世間ではよく、「コンサルティング営業」と言われるが、A社の「カウンターを乗り越えよう」精神こそ、まさにこの言葉を具象化したものだ。
同業他社に対してA社の成長は、ここ20年間で10倍強に伸ばし四百億円単位である。
あの係長も、当然ながら実績にふさわしいポストの役員になり、「カウンターを乗り越えよう」の精神を若い者に注入している。もはや開拓魂はA社の遺伝子と化しているのだ。