●聞けば聞くほど知恵が湧く
 かつて甲州財閥の祖と呼ばれた、雨宮敬次郎(あめのみやけいじろう)という人の記録がある。
 「私はもともと、人間一人の知恵というものは、高が知れていると思ってる。
 だから、商売を盛り上げるいろんな知恵を、世間から幅広く集めるようにしている。とにかく馬鹿になりきって、あちこちから知恵集めをするんだ。
 相手によっては、『自分はこんなことをやろうと思っているが、あんたならどうする?』と聞くと、得意になって語ってくれる人もいる。こうやって、蜜蜂のように少しずつ集めた知恵を集約して、私の経営計画にまとめると、最終的には私の計画として、生かすことができる。」
 雨宮敬次郎のような人を、聞き上手と呼んでいいと思う。
 松下幸之助という人も、なかなか聞き上手だったらしい。
 松下電器の時代に、約9年間も社長を務めた山下俊彦さんも、「結論を出すのは早い人でしたが、人の話にはよく耳を傾ける方でした」と語っている。
 「イトーヨーカドー」など、現在の「7iグループ」を創業した伊藤雅俊さんの場合も、「自分でわからないことは、どんどん人に聞きます。」と、自著で紹介しているほどだ。

●“経営の勝者”には“聴き上手”が多い
 しかし現実には、聞くのも聞かされるもの嫌な人がいる。そういう人の多くは、ハイハイといって相手の講釈を聞くのは癪に障る、という感情が隠れているように感じられて仕方ない。
 しかし長期にわたって、こういう“聞き下手”な経営者を見ていると、やはり躓(つまず)く人が多い。その中には失敗して、経営の第一線から姿を消す人も少なくない。
 冒頭に紹介した雨宮敬次郎は、“人間一人の知恵は、高が知れている”という考え方を持っていたが、その逆に、「自分には自分の知恵がある、人の風下に立って聞く必要はない」という考え方の人もいる。謙虚さにおいて、発想がまるで逆である。
 周囲に動かされずにわが道を行く、という考え方は“信念”だが、周囲の意見には耳を貸さないというのは、“自己執着の自我”というもので、こういう紙一重の差を間違えると、先々の結果は、大きく天国と地獄に分かれるようだ。
 とても商売熱心な人ではあるが、“客はこう思っているに違いない”と一方的な思い込みで事を進める人もいるが、こういう人も、いまいち思いが前進しないようだ。
 首都圏中心に「スーパーOK」を約60店舗展開する会社の飯田勤社長は、年商で2千億以上、経常利益110億を超えるいまでも、“お客さまの生の声を聞くことが大切”という考えで、カートを押して買い物客に混じり、周囲の客の声を聞くということだ。
 人に話を聞くという点で、ナルホドと首肯させられる話は、故本田宗一郎にまつわる話だ。
 「もし高等教育を受けた弊害があるとするなら、それは、物事を素直に人に尋ねるのが嫌ということでしょう」と、自著に書いておいでだ。
 いずれにせよ“経営の勝者”には、“聴き上手”が多いのは事実である。