●鬼の十則が戸惑っている
1.仕事は自ら創るもので、与えられるものではない。
2.仕事とは、先手先手と働きかけていくことで、受け身でやるものではない。
3.大きな仕事と取り組め、小さな仕事は己を小さくする。
4.難しい仕事を狙え、そしてこれを成し遂げるところに進歩がある。
5.取り組んだら放すな、殺されても放すな、目的完遂までは。
6.周囲を引きずり回せ、引きずるのと引きずられるのとでは、永い間に天地の開きができる。
7.計画を持て、長期の計画を持っていれば、忍耐と工夫と、そして正しい努力と希望が生まれる。
8.自信を持て、自信がない君の仕事には、迫力もねばりも、そして厚みすらない。
9.頭は常に全回転、八方に気を配って一分の隙もあってはならぬ。ゴマすり(サービス)とはそのようなものだ。
10.摩擦を恐れるな、摩擦は進歩の母、積極の肥料だ。でないと君は卑屈未練になる。
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というのが「電通」4代目の社長の吉田秀夫の遺作である。1947年に社長になっている。もうとっくに黄泉の世界の人である。遺作中の遺作である。
たとえば文中の9項にある、「ゴマすりとは、そのようなものだ」とあるが、「この真意は何か?」と聞かれたら、現代の電通にも解説できる人は滅多にいない。
ごますり(ゴマすり)を辞書で調べると、「へつらうこと」となっている。しかし、当時は、こんな真意として講釈していた。
「商売上手の行商の魚屋。ある冬の日に客先に伺ったら、すり鉢でゴマを潰すのに、かじかんだ手先でゴマスリに困っている。ちょっと拝借と言い、すり鉢を借りるとゴロゴロと杵を回すや、たちまちにして出来上がり。お客は大喜び・・」
ということで、「真のサービス精神とは、ゴマすり精神にあり・・」と、おそらくそういう意味であろう。
そういう下地があってこそ、9項は成り立つものだ。直訳では、何を言っているのか、意味不明である。かえって誤解しか生まれないのではないか。

というわけで、現在もこの「電通鬼十則」が、そのまま社訓よろしく全社員に示されているとしたら、それは問題だ。
新しい経営手法を要する現場に、古い精神を注入し、新経営時代に旧経営思想を注入しようとするに等しい。
いつの時代でもこうした矛盾を解決するためには、この「電通鬼十則」を、別の新しい表現に変える努力をし続ける必要があると考える。