~有期雇用契約者への雇用管理・賃金対策を行う必要が~
●同一労働、同一賃金 判決下る!2021年4月より法改正も決定!!(2018.9月号)

 


さる6月1日、我々労働問題にかかわる専門家が固唾を呑んで見守っていた、大きな二つの最高裁判決がありました。「ハマキョウレックス事件」と「長澤運輸事件」がそれです。正社員と有期契約社員の待遇格差を問うた裁判です。この紙面では、法学講義をしても余り意味のないことになりますから、判決文の解説は一先ず置きます。

しかし中小企業においても、有期契約社員の労務管理のあり方、特に賃金の支払い方に重大な影響が及ぶため、今、分かっている範囲で今後の労務管理や賃金の支払い方の実務について検討したいと思います。

また、先の通常国会でいわゆる「働き方改革関連法」として成立した、改正「パート有期契約労働法」で規定された同一労働同一賃金についての条文にも目配せする必要があります。これに関してはこのメルマガ記載時点では、まだ細かな政省令や通達が出ていませんので、詳細な検討はそれを待ってからとなりますが、2021年4月(大企業は2020年4月)からスタートすることは確定しています。


まだ少し時間があるとはいえ、場合によっては賃金体系の組み直しを迫られる企業もあることから、こういった作業には相当の時間がかかるため、余りのんびりと構えて居られないのです。


さてこの注目すべき二つの裁判の概要をごくごく簡単に紹介します。


■「ハマキョウレックス事件」
正社員と、60歳前の有期契約社員のドライバーの賃金格差について、労働契約法20条違反に当たるかが争われたもの。結論として、正社員には支給され、有期契約社員には支給されない多くの手当を不合理として、会社が負けた事案。

■「長澤運輸事件」
正社員と、60歳定年後の嘱託社員のドライバーの賃金格差について、労働契約法20条違反に当たるかが争われたもの。結論として、正社員には支給され、有期契約社員には支給されない手当がたくさんあったが、そんほとんどが不合理ではないとして、会社が勝った事案。


詳しい判決文は割愛し、ここでは今後の実務対策に絞ってお話しします。まず、会社の方針として、

A 正社員と有期契約社員との待遇格差を従来通り、温存したい場合と、
B 今後は有期契約社員も正社員と同じ待遇にするか、

によって実務対策は自ずと変わってきます。

Bの正社員と同等に処遇する方を選択した場合は、さらに

B-1 正社員の待遇に合わせる(有期社員の待遇を引き上げる)、
B-2 有期契約社員の待遇に合わせる(正社員の待遇を引き下げる)

という二つの選択肢がありますが、今回はこれには触れません。正社員と有期契約社員の待遇に違いを温存したい場合の対策を考えるものです。




=対策1=

◎職務の内容(責任や役割を含む)に違いを設けること

正社員と有期契約社員の待遇格差が問題となるのは、職務の内容(責任や役割を含む)が同じケースです。上記、二つの最高裁における事案も、共に職務の内容(責任や役割を含む)が同じであると認定されています。まず大切なことは、職種が同じであっても、

(1)中核的業務に違いを設けておく ※中核的業務とは、事業所の業績や成果に大きな影響を与える業務
(2)責任や役割に違いを設けておく ※責任や役割とは、決済権限や部下管理・トラブル発生時の対応・ノルマなど

表面的に同じ仕事に見えても、こういったことに違いがあれば、待遇の相違も不合理とされ難くくなります。



=対策2=

◎人材活用の仕組みに違いを設けること

正社員と有期契約社員の待遇格差が問題となるのは、人材活用の仕組みが同じケースです。これが同じであれば、会社が負ける可能性が高くなります。従ってここに違いを設けるとは例えば以下のようなことです。

(1)転勤の有無
(2)配置転換・職務転換の有無
(3)労働時間への配慮の有無
(4)人事評価によるキャリアパスの有無


(1)転勤の有無とは、有期契約社員には転勤を命じないことです。(2)配置転換・職務転換の有無とは、有期契約社員は職種や勤務場所を変更しないことです。そして(3)労働時間への配慮とは、有期契約社員には残業を命じないとか、ある程度フレキシブルな勤務シフトを認めることです。
これらを制度化したものに、「勤務地限定社員」、「職務限定社員」、「時間限定社員」などがあります。
つまり正社員は会社の人事権により、無限定に異動のリスクがあるのに対し、有期契約社員は本人の同意がない限り、異動をさせません。就業規則や雇用契約書上もこの違いを明確にしておきます。

(4)の人事評価によるキャリアパスの有無とは、賃金制度やキャリアパスが整備されていて、人事評価により評価対象となる違いがあるかどうかということで、そういった意味では今後、正社員には人事評価制度やキャリアパスを整備することが重要になってきます。



いずれにしても対策1、2に共通して言えることは、職務に内容が違うから、人材活用の仕組みが違うから、待遇に違いがあるんだと、きちんと説明できるか否かにかかっています。



=対策3=

◎正社員の手当の見直し

先の最高裁判決では、個々の手当ごとにその主旨を検討して、有期契約社員にもつけるべきかどうか、というような論旨が展開されています。個々の手当の性格は各社異なるものですが、おおよぞ以下のような傾向を指摘することができます。


    
(1)職務関連手当で格差があるのは相当厳しい、他の原資へ組み込む

先の最高裁判決の会社は共に運送業でしたが、職務関連手当は上記対策1、2にかかわらず、有期契約社員にも支給せよとの判決となっています。ここで登場した職務関連手当とは、皆勤手当、作業手当、無事故手当です。また通勤手当や給食手当も会社が負けています。

要するにこうった手当は、その手当の主旨から判断して、職務内容や人材活用の仕組みに違いがあろうがなかろうが、有期契約社員にも付けるべきとされたのです。例えば皆勤手当なら、出勤を督励する主旨ですが、そうであれば正社員であろうが、有期契約社員であろうが、出勤を督励することに違いはないはずだということです。
また通勤手当なら、通勤に費用がかかるのは正社員も有期契約社員も同じであると判断されるのです。


こういった職務関連手当は、極力廃止し、他の原資(基本給など)に組み込む方が、有期契約社員にも同じように支給せよといわれるリスクはなくなります(通勤手当に関しては、他の原資への組み込みは困難であることから、有期契約社員にも付けざるを得ません)。


これに対し、生活関連手当(家族手当や住宅手当など)は、上記対策1、2をきちんと履行すれば、不合理と判断されるリスクはかなり下がるものと考えられます。

またテクニカルなことですが、賃金規程の各手当の定義において、以下のような条文を入れておく方が、望ましいでしょう。

「○○手当は、長期雇用を前提とし、将来の中核人材としての期待する共に、優秀な人材の獲得及び定着を期待し、福利厚生を手厚くする目的で、正社員対するインセンティブとして支給する」



なお、補足として、正社員についている手当を同額で有期契約社員にも出さなければならないものではありません。例えば先の皆勤手当でいえば、有期契約社員は週30時間以下の勤務だった場合、出勤割合が正社員と違うのですから、同じ金額の皆勤手当でなくとも可能と考えます。
また通勤手当でいえば、正社員は広域採用、全国転勤があるが、有期契約社員は一定の地域限定採用となる場合、通勤にかかる費用の上限に差異があったとしても、不合理とまではいえないでしょう。要するにオール・オア・ナッシング(100か0か)はダメですが、労務管理の違いに応じた格差は許容されるものと考えます。




=対策4=

◎格差を緩和する代償措置を考える

正社員と有期契約社員の格差を判断するとき、賃金総額ではなく、個々の手当で判断する枠組みが確立しましたが、それでも各手当間の相互の関連性も考慮されるため、ある個別の待遇が正社員を下回る場合でも、それを緩和する代償措置も検討を要します。例えば長澤運輸事件では、正社員に比べて嘱託社員には支給されない賃金項目がたくさんありましたが、正社員時代より歩合率を上げたり、年金が支給されるまで調整給が出るなど、一定の配慮がなされており、これが諸事情として重視されています。

決して定年後の社員だから、単純に賃金を切り下げても構わないとは、ならないことに注意を要します。




=対策5=

◎有期契約社員、短時間(パート)社員をできるだけ、無期化、フルタイム化する

正社員との待遇格差が問題となるのは、期間に定めのある社員、または所定労働時間が短い社員と比較した場合です(改正「パート有期契約労働法」第8条、第9条)。
つまり、無期契約と無期契約、フルタイムとフルタイム間の格差は、法改正後も対象外です。

従って、同一労働同一賃金のリスクを回避するなら、有期契約社員を無期契約に、短時間社員をフルタイム社員に転換させることも検討に値します。
また、正社員への登用制度があるのも、企業にとって有利材料の一つです。なぜなら有期契約社員や短時間社員でも、要件を満たせば正社員になれるチャンスを与えており、身分の固定化を避けることとなるからです。

小規模企業の賃金制度、管理職研修を得意としています。

文責 特定社会保険労務士 西村 聡
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