労働者は働くことで権利だけでなく、義務もあることを認識しよう(H20.5月号の記事)
●労働者保護法もいいが、労働者義務法の検討も必要な時代になった
~労働者は働くことで権利だけでなく、義務もあることを認識しよう~

 本年3月1日より労働契約法が施行されたことを2月のメルマガで書きました。今までの労働基準法が刑罰を持って国家が介入してくる強制力を持つのに対して、労働契約法は民事上、使用者に実定法上の新たな義務を課した労働者保護法といえます。
例えば解雇をむやみにしてはいけない(第16条)とか、仕事で安全や健康が害されることにないように配慮する義務があること(第5条)や、労働条件を一方的に不利益変更できないこと(第9条)や、むやみに懲戒はできない(第15条)などなどです。これらの考え方は目新しいものではなく、今までの労働裁判の判例の蓄積により定着してきたもので、従来から出るところへ出れば拘束される考えだったのですが、これが一部とはいえ、実定法に明記された影響は大きいと考えざるをえません。
しかし、労働契約法には第3条(労働契約の原則)に以下の記載があります。

労働者及び使用者は、労働契約を遵守するとともに、信義に従い誠実に、権利を行使し、及び義務を履行しなければならない。(4項)
労働者及び使用者は、労働契約に基づく権利の行使に当たっては、それを濫用することがあってはならない。(5項)

 つまり法文全体では労働者保護法であっても、ここでは労使ともに労働契約においては権利と義務があり、権利があるからといっていたずらに濫用することがあってはならないと戒めているのです。つまり使用者だけへの義務ではなく、労働者にもそれなりに働くことによって様々な義務があるのでが、残念ながらここではそれに全く触れていません。私が中小企業の労務顧問をさせていただいている様々な場面で、労使関係は必ずしも使用者ばかりが強い立場とは言えないことがあります。また親のしつけをまともに受けずに社会に出てくる労働者の激増と、情報源であり発信源ともなるインターネットという強力なツールによって自らの権利主張を濫用的に可能にさせることとなっています。
 これからの時代、使用者に一方的な義務を課すばかりでなく、労働者の方にも働くことへの義務を提示する必要があると考えるものです。このままでは勤勉で礼儀正しく、誠実な労働を提供してきた日本の社会風土が崩壊し、モラルハザードをおこすことを危惧せざるを得ません。それを立法化するのがいいのかは議論の余地がありますが、すくなくとも訓示の必要性は高まってきていると思うのです。さすれば労働者には労働契約によって、どのような義務が付随的に課されることになるのでしょうか?

 労働問題の大家である安西愈弁護士の分類に編集を加えると、以下のようなものがあります。
①完全な労務提供義務:不完全な労務にたいしては受領を拒否できる
②業務命令に従う義務:指示命令違反は黙認しない
③法令順守義務:違法、不当行為の禁止
④誠実義務:信義誠実を重んじる、背信行為はしない
⑤職場秩序維持義務:服務規律は守らなければならない
⑥人事権に従う義務:人事考課、異動、昇格、賞与などは使用者の専権事項
⑦業務の促進義務:能率向上、創意工夫、改善への努力や企業発展への協力
⑧忠実勤務義務:きちんと毎日仕事に来るのは当たり前
⑨善管注意義務:その立場の人なら当たり前に気をつけなければならないこと
⑩職務専念義務:勤務中の私用、離脱の禁止
⑪信用保持義務:会社や社員の信用名誉を傷つけない
⑫守秘義務:企業秘密、個人情報を漏洩してはならない
⑬内部告発ルール(公益通報者保護法)の遵守義務:いたずらに行政やマスコミに垂れ込めばいいというものでもない
⑭兼業禁止義務:兼業するときは許可が必要
⑮安全作業・自己保全義務:安全や健康管理は自己管理も大切

 このように労働契約によって、労働者へも実に様々な義務が発生するのです。有給を取るのは権利である、がしかし、やることをやらないで消化してはいないか?会社を辞めるのは勿論自由だ。でもそのいきなりの辞め方に問題はないか?指導や注意をしただけなのに、人格攻撃をしたかのような反応。勘違いもはなはだしい。仕事上の指導は素直に聞くべきだ。などなど、きりがない。勿論そういう人は一部の人ですが、この一部の確率が中小企業でもどんどん高まっているのが現実です。政府が労働者に甘く、経営者に厳しい労働政策を取り続けるなら、我々は可能な限りで自己防衛することを考えていかなければなりません。

文責 特定社会保険労務士 西村 聡
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