労働時間となる時間、ならない時間とは(H29.7月号)
~どんな時間が労働時間となるのか、今一度おさらいしてみよう~

昨今、「働き方改革」に関する報道が連日行われており、社会全体が労働時間(特に長時間残業)の短縮に向かって動き出した感があります。中小企業もこの時流に乗り遅れると、これからの企業経営において後塵を配することとなって行くでしょう。
ところで、そもそも労働時間とは一旦どんな時間を言うのでしょうか?
実はこれを明確に定義した法律は存在しません。長い裁判例の中でおおよそ以下のように理解されています。

(1)使用者の指揮命令下に置かれている時間
(2)使用者が業務を黙認している時間
(3)使用者の黙示の指示がある時間
(1)使用者の指揮命令下に置かれている時間
通常の所定労働時間や残業命令によって業務に従事している時間はもとより、実作業に従事していなくとも、指揮監督下あると評価されれば労働時間となります。例えば、倉庫作業員がトラックが到着するまでさしたる作業がなくぶらぶらしていても、トラックが着き次第、直ぐに荷下ろし、積み込みするために待機しているような時間のことで、通常、手待ち時間と言っています。
(2)使用者が業務を黙認している時間
明確に指示命令したわけではないが、その作業を黙認している時間のことで、例えば自発的に居残って残業している場合、それを特段禁止や注意もせずに、結果としてその労働を受領しているようなケースです。よく後から会社が、「それは従業員が勝手にやった仕事だ!」「仕事が遅いからこうなる!!」と主張しますが、黙認状態であればこれは通りません。
(3)使用者の黙示の指示がある時間
明確な指示命令はないけれども、通常の時間帯では到底こなせないような業務を与えて時間外に作業している場合のことで、例えば週末の帰宅前に「月曜の朝一までに仕上げておいて!」などと指示した場合、結局居残るか、自宅へ持ち帰って仕事せざるを得ない状況が典型的なケースです。

また、これらの考え方は客観説を採用しており、会社の取り決めより、実態を重視します。つまり会社が就業規則で「●●時間は労働時間としない」などと規定していても、実態が上記(1)から(3)に該当すれば、法的には労働時間とされます。

これに対して、休憩時間という言葉があります。これは拘束時間内にはあるが、労働から完全に解放され、自由に時間の処分ができる時間のことです。但し自由利用といっても、拘束範囲内ですから、規律保持上、一定の制限を加えることは可能です。例えば、外出許可制にするとか、賭け事を禁止するのは構いません。

この原則を押さえて頂いた上で、具体的に色々なケースを概観してみましょう。
1.準備・後片付け
一般的には労働時間と解されています。使用者の気持ちとしては、始業前に準備を完了し、始業時刻から実作業を開始して欲しいかもしれません。後片付けは実作業が終了してから行って欲しいかもしれません。しかしこれらの付随行為は実作業と密接に関連しており、準備作業や後片付けがないと、仕事が回らないことからも、やはり労働時間と解さざるを得ません。
2.朝礼やミーティング
労働時間になります。よく始業10分前に朝礼を行い、始業時刻から実作業開始としている企業もありますが、通常、朝礼やミーティングに参加することは明示的にも黙示的にも強制されているはずで、そうであれば指揮命令下にありますので、労働時間となります。
3.着替え、保護具の装着
通常、作業服の着用は義務付けられていることが多いはずで、そうであれば準備行為として原則的には労働時間となります。ただ、一般事務員の制服の行為時間まで含めて考えるかは、正直、微妙なところです。
安全衛生上必要な保護具(ヘルメットなど)の装着は、作業に必要不可欠なことから労働時間となります。
4.昼休憩時の電話当番
休憩時間に来客や電話当番として待機させていれば、指揮命令下にあると評価されるため、原則的には労働時間となります。但し実際には、来客等に対応することが極めて僅少で、かつ自由に時間を使える(昼寝、漫画OKとか)状況であれば、休憩時間と解して良いと思われます。
5.掃除・清掃
従業員らが、自発的に「金曜日の始業前に皆で掃除をやろう!」などとして始められ、使用者が特に関与していなければ労働時間とする必要はありません。しかし会社から当番制として割り当てられている場合など、会社の管理がある場合は労働時間となるでしょう。
6.研修・勉強会・QC活動
参加が強制されていれば労働時間ですが、従業員同士が自主的に集まって行う勉強会は労働時間となりません。自主性が担保されているかどうかについては、ア)参加しないと制裁処分や評価が下がるなどの措置が行われていない、イ)業務との密接な関連性がない(それに参加しないと通常業務の遂行に支障が出るものではない)、ウ)参加するかどうかは本人が自由に決められる、とうい要素で判断されると思われます。
7.宿直時の仮眠
おおよそ次のような要素があれば、労働時間となります。ア)外出が禁止されている、イ)警報、機械トラブル、来訪、賊の侵入に直ぐに対応しなければならない、ウ)飲酒など嗜好的行為が禁止されている。但し昼休憩の電話当番と同じく、実務が極めて僅少で、かつ自由に時間を使える状況であれば、労働時間とならない余地があります。
8.出張時の移動
出張時の移動時間は、一般的に通勤に費やす時間と同じと考えれれており、労働時間となりません。出張中の休日に移動をする場合も同様です。但し、移動中にも具体的な指示を受けているとか、物品や病人の監視、運搬すること自体が移動の目的であるような場合は、労働時間となる余地があります。
9.直行・直帰
始めに用務に付く場所が直行時の業務開始時であり、最後の用務を終了したときが直帰時の業務終了時刻と解されています。ちなみに労災保険の通勤災害も同様の見解を取っています。従って移動の最中(自宅から最初の用務先、最後の用務先から自宅)は、通常、時間の処分を自由に行えるはずであり、労働時間とはなりません。
10.飲み会・接待・ゴルフ
一般的には労働時間となりません。但し厚生部員が準備や幹事役を務めている場合や、会社の命令による場合は労働時間となります。また外形から、ア)会社が経費負担している、イ)会社を代表して参加している、ウ)代休が与えられている、エ)賃金や手当が支払われている場合は、労働時間性を補強する材料と成り得ます。
11.待機・車の横乗り
待機については、前述、倉庫作業員の手待ち時間の例で説明しましたが、直ぐに仕事に取り掛からねばならない状態であれば、労働時間となります。また車の同乗者については自由に休息できそうなものですが、行政解釈では労働時間と解していますが、議論の余地があると考えます。
12.健康診断
定期健康診断の受診にかかる時間は労働時間となりません。従って健康診断受診時間分の賃金を控除することは可能です。但し有機溶剤など、有害化学物質を取り扱うことにより行う特殊健康健康診断は、労働時間になるとされていますので、これが時間外に行われた場合は割増賃金の対象となります。
13.ヘルパーの移動・待機
介護ヘルパーが、利用者住居から次の利用者住居を移動する時間や待機、引継ぎに要する時間は、労働時間となります。
14.飛行機・新幹線・フェリー乗船
これも出張時の移動時間と同様に考えるべきで、乗り物に乗っている時間内に特段の指示命令を受けていない限り、時間の自由利用が保障されておれば、労働時間とはなりません。
15.自宅持ち帰り
会社が自宅で仕事をすることを黙認したり、自宅に持ち帰らないと所定時間内では処理できないような業務命令(黙示の指示)を行っていない限り、労働時間とはなりません。
16.テレワーク
一般的には労使で合意した「みなし時間」を所定労働時間とする場合が多いかと思います。この場合、みなした時間分のみを労働時間とします。これを超える超過労働や休日、深夜の労働は禁止し、もし発生する場合でも必ず許可制にすべきでしょう。
但し、ア)その業務が、自宅で行われていない場合、イ)その業務に用いる情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態に置かれている場合、ウ)その業務が、随時使用者の具体的な指示に基づいて行われている場合は、みなし労働時間の対象とはできません。
以上のように、労働時間といっても色々あるわけですが、賃金支払い義務が発生するのはこの労働時間についてです。仕事をしたかどうか、成果はどうだったかは関係がないのです。

小規模企業の賃金制度、管理職研修を得意としています。

文責 特定社会保険労務士 西村 聡
もっと見る :http://www.nishimura-roumu.com

new.jpg