今回のテーマは職業倫理を遵守した経営を行うためにはどのようなことに気を付けるべきか、ということについて考えたいと思います。経営を行う上で、ただ単に儲かればいいという経営者はいないと信じています。自社のサービスを通してクラアントはもとより、社会に対して何らかの良い影響を及ぼすために企業の存在価値があるはずだからです。

辞書では、倫理とは「人として守り行うべき道。善悪・正邪の判断において普遍的な規準となるもの。道徳。モラル」とあり、職業倫理とは「特定の職業に要請される倫理、または職業人に求められる倫理」となっています。倫理とはひと言で言えば「人の道に反しないこと」だと思うのですが、そこに職業が付くと、倫理のハードルが数段上がるものと理解できると思います。

職業倫理を考えるとき、常に以下6つのことを心のどこかで意識するように申し上げています。
(1)謙虚さと常識
(2)営業と倫理の折り合い
(3)顧客との信頼関係が身を守る
(4)絶対にやってはいけない虚偽と偽造
(5)職業倫理の前にある根本倫理
(6)仲間との接触・仲間づくり

(1)謙虚さと常識
まずどんなに成功を収めていても、周りからチヤホヤされても謙虚さと常識は失ってはいけません。一般論として良くできる人ほど謙虚さを持ち合わせておられます。彼らに決まって出で来るフレーズ、「周りの人に恵まれた」、「運が良かっただけ」。成功を他力のおかげとし、感謝の念を決して忘れません。
まさしく「実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな」です。自分がいかに至らない人間か、もっと言えばポンコツに過ぎないかと自制したいものです。

(2)営業と倫理の折り合い
お金儲けには得てして悪魔のささやきが付きものです。これをすれば儲かることは分かっている。しかし法的にどうなのか、道徳的にどうなのか、常識的にどうなのか・・・・。例えば私の場合ですが、顧問契約をしたいとおっしゃって頂く経営者がいても、その考え方が「法律なんか守っているやつは馬鹿だ」、「バレなければいいんだ、バレてから考えればいい」、「皆そうしているから自分だけ損なことをする必要ない」、などという考えが透けて見えれば、どこまで行っても交わることはないので、お断りします。
我々は業も欲もある人間です。聖人君子でもなければ宗教家でも裁判官でもありませんから、完全無欠に清廉清らかなんてことはあり得ません。最初から相手にそれを期待するのではなく、「今は至らないことも多々あるが、将来的には真っ当な会社にして行きたい」、その1点の思いがあれば交われる可能性があるのでお付き合いします。甘い誘惑が目の前にあるとき、倫理のハードルを下げてしまいがちですから、自分の倫理基準と交わらなければ断る勇気も必要です。

(3)顧客との信頼関係が身を守る
これも私の経験談になりますが、リーマンショックのとき雇用調整助成金を申請したら、それが不正受給になっていることがありました。雇用調整助成金とは、会社業績が低迷したときにリストラせず、休業手当を支払うことでその休業手当の助成を受けるものです。先方から頂いている書類は私の指示通りで何ら問題がなく、何の疑いもなく申請していたものですが、実際には社員を休業させず通常通り働かせて、休業手当を支払ったことにして補助を受けていたものです。労働者から実際には休んでいないと密告が行政機関に入り、調査の結果、不正が明らかになり、全額返金となりました。
この話、私は後々になって社長から聞きました。「実はこんなことがあってね」といった感じで。ぶったまげました。調査官はこうもしつこく聞いていたそうです。「これは社労士の指示でやったのか」と。申請書には私の代行印が押してあるからです。そこでその社長はこう言ったそうです。「社労士さんは何も知らない、こっちが勝手にやったことで、迷惑かけんといて」。本当に私はそんなことが行われていたなんて全く知らなかったのですが、「社労士の指示だった」と言われていれば私の立場は危うかったところです。また返金ということになったとき「お前の指導が悪いからこんなことになった、賠償しろ」と言われることも人によってはあり得ます。不正は確かに行けないことですが、その社長が必ずしも悪い人柄ではなく、普段から良好な人間関係を築いていましたので、後日談として何事もなく笑い話のように聞くことになったのですが、つくづく普段の関係性がなければ危うかったな、と思う場面でした。

(4)絶対にやってはいけない虚偽と偽造
虚偽とは無い事実を作り出すこと、偽造とはある事実を捻じ曲げることだと理解しています。これは絶対にやってはいけません。倫理の問題というより犯罪です。行政機関もこれをやると悪質とみなして厳しい態度を取って来ます。動機・機会・正当化の三つが揃ったときに、不正は起こるといわれます。これくらいいか、と倫理のハードルを下げないことです。

(5)職業倫理の前にある根本倫理
信号無視は違法です。誰でも知っています。でも車の少ない道路、狭い横断歩道ではついつい信号が赤でも渡ってしまう、こんな場面はよくあることです。ただその横断歩道の向こう側に、小さな子がお母さんに手を引かれて、ちゃんと待っていたらどうでしょう。その前を横切るのは躊躇われる、そんな経験はないでしょうか。この逡巡はどこから来ているのでしょうか。
恐らくそれが誰の子であったとしても、人は子どもの前では、恥かしいこと、格好の悪いことはできないとの思いが根本にあるからではないでしょうか。そうすると、経営が苦しいときとか、これをやれば儲かるとの誘惑に駆られたときに、今行われていること又は行おうとしていることに対して、小さな子から「これ何?」「何で?」と尋ねられたとしたら、きちんと答えられるしょうか。もしそこで逡巡する気持ちが生じたら、それはきっとやましいことなのです。であれば、それはするべきではないことなのです。きちんと説明できることであれば、信念を持って行えばよいでしょう。

(6)仲間との接触・仲間づくり
これは異業種団体とか地域活動とか、とにかく自分の会社以外の外部の集団(集まり)の会員となることです。お金や労力がかかることはありますが、経営者を守り、或いは鼓舞する作用があるからです。自分一人で判断してやっていると踏み外すかも知れない道が必ずあります。
そんなとき相談相手になってくれる直接的な作用もありますが、「仲間に見られている」「迷惑は掛けられない」「恥ずかしい思いはしたくない」などの潜在的な思いが間接的に抑制を掛けてくれるのです。また「あいつが頑張っているから俺も」なんて自分を鼓舞する作用もありますから、積極的に外部の人の集まりへ参加するのは、良い意味でのバリアを持つことになりますので大変有意義です。
職業倫理の基準はこれらのことに限ったことではありませんが、要するに自分の心の中の倫理規準(基軸)を持っておくことが大切です。特に人の上に立つ経営者は、その職業において通常の人々よりも一段高い、倫理のハードルを持つ必要があるでしょう。真っ当な経営を行うためにも、経営者として自分を見失わないためにも、心に自分の倫理基準を持つようにしたいものです。
(文責 特定社会保険労務士 西村 聡)


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