大阪に本社を構えるK社(社員数約800名)は、照明器具を主力製品とする大手メーカーです。
 この会社の営業マンが、毎日書く営業日報には、顧客からの苦情欄があり、この部分はミシン線で囲まれ、切り離すことができるようになっています。じつはこの部分には、社長の方針が息づいているのです。
「ほかの事項は各部門長が見ればいい。しかし顧客の苦情だけは、社長まで報告をあげなさい」という社長の考え方が、日報の書式に反映されているのです。
 しかも、「きょうの苦情は、きょう報告すること」という即時性が実行されています。
 顧客からの苦情は、製品の改良や売り方の改善に関して、貴重なヒントが得られることは常識ともいえます。
 ところで御社の場合、得意先や顧客の苦情、どうやって受け止めていますか。
 M鉛筆という会社の場合、一本のボールペンが不良品で返品されても、速達で対応しています。だから苦情を抱いた客が、その後の長きにわたり、さらにM鉛筆製品のファンになるのです。
だから苦情に関しては、「災い転じて福となす」という考え方をするのも、会社の常識といえますぞ!
06年06月13日 | Category: General
Posted by: mao
アサヒビール飛翔の起爆剤になった製品は、「スーパードライ」ということは、多くの消費者も知っています。
当時の経営トップは、銀行経営者から転じた樋口広太郎さん(現在、名誉会長)でした。
この樋口さんはしばしば、「バッドニュースが、経営トップの耳に入らなくなったら、経営は必ず傾く」ということを語る人でした。大勢の経営者を前にすると、必ずといっていいくらい強く訴えた人でした。
バッドニュース。言うまでもありません。経営に悪影響をもたらす情報のことです。
古典に類しますが、ナポレオンの話です。ある深夜最前線から、伝令が早馬で報告に来た、ということです。
その報告内容は、わが軍は連戦連勝で進撃中という、じつに耳障りのいい内容だったそうです。
ところがナポレオンは、伝令に強くいい含めて、前線司令官のもとに帰したそうです。
「良い報告はゆっくりでいい。悪い報告こそ、深夜といえども時機を失せず報告せい」

ところで明治安田生命の、保険金不当不払に関する新聞記事は、途絶えることなく掲載され続けています。
最近のある新聞の大見出しは、「社長直通へ体制改革中」というもので読者に迫っていました。
何のことはない。顧客から山ほどの苦情が寄せられていたにかかわらず、社長には一件の苦情さえも届いてはいなかった、という記事です。(届いていたら、顧客苦情にそって解決していたかは不明だが?)
保険会社の社長にも、アサヒビールの樋口さんや、ナポレオンのような考え方(危機管理意識)があったなら、顧客からの苦情は必ず報告せよというトップの意志を、全社員に浸透させていたはずです。
つまり、保険会社の社長には、そういう意識は完全に欠落していたということでしょう。
06年06月06日 | Category: General
Posted by: mao
一年の計は元旦にあり、そして、一日の計は朝にある・・・と言われる。
さて、頭の中に描く計画なしに出勤した人の中には、「きょう、真っ先に着手する仕事は何か」を決めないままにやって来る人が多い。そして、そういう人に限って、なんとか朝の行動をごまかしてはいるが、朝一番に手をつける仕事が定まらず、ウロウロしている人が多い。
最初に着手する仕事、つまり、ファースト・ワーク(FW)が決まっていないからだ。
特にその日が休み明けの場合は、休日の直前に、「休み明け(来週)は、何をやるか」という行動計画も漠然としたままと、相場は決まっている。
こういう人の動きには、とてもムダが多いものだ。
たとえば営業マンに例をとると、朝一番の訪問先が決まっていないのは、単に朝一番の仕事に限らず、行動全体の計画性がいい加減な傾向が強い。
それに比べ、FWがしっかり決まっている人は、二番目以降にやる仕事も決めているものだ。だから、朝から動きにムダがない。アイドルタイム(生産性に結びつかない時間)がないのだ。
06年05月29日 | Category: General
Posted by: mao
 積水ハウスという会社は、もともと、積水化学工業?のハウス事業部を母体として昭和三五年に、積水ハウス産業?が創立され、さらに三年後の昭和三八年に、田鍋健さん(故人)が社長に就任すると同時に社名を、現在の積水ハウス?に変更したものである。田鍋健さんが、積水ハウス?の実質的な創業社長なのだ。
この田鍋さんという経営者を、凝縮して表現すれば、“人を生かす経営者”と言えそうだ。
ある日。その年の新入社員たちが、現場に配属された頃を見計らっての某日。
 田鍋社長は、仙台の現場視察に出かけた。オフィスに足を踏み入れるや、社内いた二人の新入社員に近付いた。「どうだ、仕事にはだいぶ慣れたか?きみはたしか、岸和田から入った鈴木くんだったな・・」そう呼ばれた鈴木はびっくりする。と同時に、自分の全人格を百%以上に認知された思いで感動すらした。〔入社式のとき、遠くの演壇の上に見たあの社長が、おれの出身地やなまえまで覚えていたとは・・!〕
 もう一人の佐藤という社員には、こういって声をかけた。佐藤もまた感動し、積水に入った喜びを噛みしめた。「きみは鈴木くんと違って、東京の立教大を出た佐藤くんだったかな。どうだ、元気でやっとるか・・」 二人とも、数百名の新入社員の一人として、雲の上の人かと思っていた田鍋社長が、自分たちの出身地や出身学校まで覚えていたことに、身震いするほど感動し、いい会社に入ったものと思ったものだ。
 しかしこれは、すべて田鍋社長の、繊細な計画に基づく、モチベーショナル・アクションだったのだ。
 田鍋さんが積水ハウスの社長になったとき、積水ハウスは赤字だった。田鍋さんは語っていたものだ。「幹部たちの顔にすら、“あと二年も辛抱すれば、本社に戻れる”という文字が見えました。だから私は、化学工業と決別した会社にし、骨はこの会社に埋める覚悟で働け、という決意を示したのです」
加えていま紹介したような、繊細なモチベーショナル・アクションで、社員の意欲を高め、ついに販売力で業界一と呼ばれる、強靭な会社づくりに成功したのである。
 ちなみに積水ハウスでは、“我が社は住宅産業”に属しているとは言わない。“我が社はサービス業だ”という。顧客第一主義を徹底する、精神的な支柱にする経営スタンスなのだ。
06年05月23日 | Category: General
Posted by: mao
本田技研工業(ホンダ)の創業者本田宗一郎さん(故人)は、くり返し従業員に語っていたものだ。
「会社のタメに働こうなんて考えるな。人間みな自分がいちばん大事なはず。ならば、自分の夢を実現する手段として働けばいい。会社のために働こうなんて、そう格好つけるな・・」
たとえば、「本田さんが空冷エンジンだ」と号令かけたとき、開発部門で仕事をしていた久米是志(ただし)さんは、「もう空冷では、市場競争は勝てません」と、真っ向から反対したことは、大物同士のケンカとして有名だ。
 伝え聞くところによれば、一週間ほど久米さんは、出社を拒否したという。
 やがてホンダは、水冷エンジンに切り替えるのだが、このボス同士のケンカから数年後、93年になると久米社長を社長にしたのだ。本田宗一郎さんらしく、瞬間湯沸かし器のように、すぐ爆発もしたが、心の切り替えも達人だった。
 「自分のために働け」と言い続けた本田さんだが、ホンダには、立派に会社に尽くす、本田宗一郎の遺伝子が生き続け、優秀な幹部が続々と育ったことは、その後のホンダの業績を見れば、説明を要すまい。
 社長に尽くす幹部を育てたT信販は破綻し、会社に尽くす幹部を育てたホンダは繁栄を続ける。
 皮肉にも対照的な結果だが、世の中には、ややもすると“社長に尽くす人材”を育てようとして、その実、“社長に尽くす塵材”を育ててしまうトップもいらっしゃる。
 不滅の組織を育てるには、やはり、組織に尽くす幹部が欠かせない。
06年05月16日 | Category: General
Posted by: mao
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