名前:元橋茂夫
url:http://www.mao-kaikei.com
E-mail:junsan23@tkcnf.or.jp
士業種:税理士・公認会計士
所属団体:
住所:千葉県船橋市本町2-10-14 船橋サウスビル7階
Tel:047-495-8300
Fax:047-495-8400
■事務所紹介
  設    立:  1986年(S61) 元橋公認会計士事務所 開業
           現在は法人化し、税理士法人元橋会計事務所とし現在に至る
  所 員 数:  53名

■所長プロフィール
  1981年(S56年)8月  公認会計士登録
  1985年(S60年)8月  税理士登録 
  趣    味:  食べること、飲むこと、仕事すること

※当事務所では税理士業務の他、財務に関する様々なコンサルティング業務を
 行っております。詳しい業務内容については弊社ホームページ(上に記載)をご覧ください。 
17年03月01日 | Category: profile
Posted by: mao
昔の日本の家屋は、台所は必ず北側にあったものだ。
朝から陽の当たる東側にはなかった。なぜなのか。
冷蔵庫なるものがなかったからだ。食料を置いておくのには、陽当たりのよくない北側が格好の場所だったのだ。
だからゴマすりをしたくとも、冷たいすり鉢を両手で囲み、かじかむ手先でゴマをするのは、難儀な作業の一つだった。
何しろゴマをする台所は、冬の北側の部屋だったのだから。
そこに威勢のいい行商の魚屋。サービス精神も旺盛だ。
冷たいすり鉢のゴマすりならオイラの出番、となる。
「すり鉢は冷てえよ。ゴマをする?そんなら貸しておくんなせえ。ゴマをするんなら、節くれだったこの腕がモノを言うんだ。どれどれ、こうやって擦ればいいんでしょう。それこのとおり・・」
ゴマは、女手では無理なくらい細かくすれている。
「ああ、ありがとう。お陰で助かったワ。では、いわしではなく鯛でももらおうか・・」
というわけで、時代には時代の逸話が登場するもの。
17年03月01日 | Category: profile
Posted by: mao
17年02月01日

鬼門へのこだわり

●鬼門の祟りも何のその
江戸時代の町人学者の西川如見(じょけん)は、鬼門についてこう記している。
「東北の間を鬼門と言い、諸人忌み嫌う。(中略)
 鬼門こそ用ゆべき方角なれ。善心の人の住む処ならば、何の禍ひあらん」
即ち、「“鬼が出入りする北東の方角”を鬼門と称して、忌み嫌う人が多い。しかし、鬼門の方角に生かすべき土地あれば、大いに生かすべきだ」
 これについては、松下幸之助(パナソニックの創業者)にも、こんな話がある。
 時は昭和8年のこと、業容拡大のために現在の本社である門真市に、土地を求めようとしたところ、関係者から「あんな鬼門の方角に当たる場所でなく、もっと別な所に求めたほうがいい」と助言をされたという。ところが幸之助さんは、それに反論して自分の意見を通した。
 「考えるに鬼門を気にしていたら日本には住めない。日本は北海道が表鬼門、九州が西南の裏鬼門に当たる。つまり、日本全体が鬼門だらけだから、鬼門があかんというのであれば、日本列島から出てゆかねばならない」
 ということで、現在、パナソニックは本社を門真にして成長を続けている。
 鬼門の災いも無ければ、何かの祟りもない。
●昔も今も変わらぬ風評家
若い人には、「風水」が信じられているようだ。この「風水」というのは、屋敷の広さが、東京ドーム何十個分にも相当する中国の大金持ちが、ここには木陰を作らないために木を植えないとか、逆に木陰を作るために木を植えるとか決めていたのを、ミニュチュア版にして応用したものである。
大金持ちの「風水」にはそれなりの理屈も通るが、日本の若い人が信じる「風水」には、信じる余地もない。あんなものを信じてしまうほど、日本は平和ボケしているのかもしれない。
「鬼門」というのも、若い人の「風水」みたいなものだ。
こんな話がある。高崎市のあるダンボールの加工会社に、「いまの会社を興したのも、夜の夢で神のお告げがあったから」と、信じて疑うこともない社長がいた。
この社長は、新しい加工工場を作るのに適地を探すときに2ヵ所が候補にあがったが、「この物件は、方角が悪いからダメ」と言い始めた。
むしろ諸検討の結果この物件が適地なのに、逆の結論なのである。
いくら言ってもラチは明かなかった。
何年かして、この工場は別の会社の看板に変わっていた。
近所の人から、こんな風評を聞いた。
「なんだか祟りを受けて倒産したとか。そんな噂ですよ・・」と。

バブルの時代に、ある証券会社の幹部たちが、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」みたいなことを言って、客を騙していたのがバレたが、時は変われども、鬼門や八卦のたぐいは、相変わらず盛況のようだ。
17年02月01日 | Category: profile
Posted by: mao
●上が上なら下も下
ある人がM自動車からの依頼で、傘下ディーラーの研修を実施したことがあった。
そこで不思議なことに気づいた。会社の敷地に出入りする車の多様性である。トヨタあり三菱あり、いすゞがあるかと思えば、富士重工のスバルがあるという状況である。
トヨタではトヨタ車以外は出入り禁止である。当然のことではある。だから、普段トヨタ車以外に乗っている人間も、トヨタ車を借りて出入りしていたものである。
要するに、敵を見る目も味方を見る目も漠然としているのだ。
こんなこともあったそうである。デボネアという車に乗っていた人が、M自動車ディーラーの整備工場に定期点検に出した。どんな具合かなと思い整備工場に立ち寄った。そしてびっくり仰天。
なんと工具類をボンネットの上に、直に置いているではないか。
注意したら、そそくさと取り去ったという。
●大株主はどう動くか
さらにこの車が、整備工場から戻ってきた。
翌朝のこと、車の下に油が溜まっている。「なぜだろう」と思い覗いてみたら、オイルパンの栓が締めてないのである。
もし知らないまま乗り続けていたら、車の命であるエンジンが焼け、とんでもない事態が起こっていたはずである。
整備工場は平身低頭で謝ったが、それ以来ずっと、「M自動車には、油断もスキも与えてはいけない」という思いにかられ、ついにはトヨタに切り替えたそうである。
いまM自動車のリコール隠しや燃費不正問題が露見して以来、あれこれ指摘されているが、上が上なら下も下、という気がしてならない。
何しろ倫理観がないのである。職業倫理なるものの欠如である。
新聞で見た報道だが、「何十年も前からやっていた」というが、本当だと思う。
そのデボネアのハンドルが、真っ直ぐ停止したのに真正面を向いていなくて、やや斜めになっていたので、矯正するように要求をしたことがあるそうだ。
そのときの態度が、「なんと細かなことを言う客か」という受け止めだったという。
すべてが、いい加減なのだ。甘いのである。
職業倫理がこんなでは、いつかはさらに大きな問題を起こすに違いない。
法令とは異なる方法で、言い換えれば自分のご都合主義で、燃費を決めていては、わがまま勝手と言われても仕方ない。なお大株主は、1位が三菱重工、2位が三菱商事、3位が三菱東京UFJ銀行である。
17年01月01日 | Category: profile
Posted by: mao
16年12月01日

チャンスの掴み方、栴檀は双葉より・・
●大人の手の大きさを読んだ
徒手空拳から、大きなチャンスを掴んだ人物を考えてみよう。
昔、スコットランドのダムファーリンという町の青果市場でのこと。ある八百屋の店先には真っ赤に熟れたサクランボが、山と積まれていた。
 すると年の頃は、10歳ぐらいの少年が、そのサクランボをじっと見つめている。欲しいけれども買ってもらえないのだ。母が側にいるが買えないのである。
 少年の眼差しを察した店主は、賢そうな少年に言った。
「坊や、ひとつかみあげるから持っていきなよ」
「うん、おじさん、ありがとう」
 礼は言うが、何回言われても、自分ではつかみ取ろうとしない少年に、店主はシビレを切らし、とうとう自分の手でひとつかみ取ってあげた
「遠慮するなよ、ほら、これ持っていきな」
こう言って、少年の帽子に入れてくれた。
あとで母親は、「どうして自分ではとらなかったの?」と訊いた。
「だってさ、僕の手よりおじさんの手が大きいんだもん」
 この少年こそ、のちにアメリカに渡り鉄鋼王として大成功した、アンドリュー・カーネギーの少年時代のひとこまである。

●栴檀は年齢を経ても栴檀だ
かわって日本には、こういう少年の話はないのか。それがあるのだ。
家が貧乏で、高級魚を高級店に直接売り込む方法で、じわりと独立自立の生活設計を考えていた少年がいた。利幅があり儲かったそうだ。やがて縁を得て帝国ホテルの皿洗いに就いた。
最高責任者は、当代切っての料理の達人、村上信夫さんである。まず名前を覚えてもらう。
当たり前のことをしていたら、到底名前なんか覚えてもらうわけにはいかない。
そこで村上さんの行動をみていると、トイレに小用を足しに出かける時間をつかんだ。
そしてある日のこと、自分も村上さんに行動を合わせ小用を足しに出かけた。ばったり顔を合わせた。すると元気よく挨拶をした。
「お疲れさまです」
何回か繰り返すと村上さんも、あの元気のいい少年は何という名前かと思うようになった。
そして、その日はとうとう来た。
 「お疲れさまです」
  すると、「きみの名前は何と言うんだ」と訊かれたそうだ。
  これが三国清三なる人物に、幸運の女神が微笑むきっかけになったのである。
  やがて三国は、フランス大使館の料理人として推薦を受け、料理をするようになるが、この料理を契機に、「三国が作ったフランス料理」が有名になったものだ。
  いまでは「ミクニヨコハマ」(横浜)や、「オテル・ドゥ・ミクニ」(東京)のオーナーシェフとして大活躍している。
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二人の有名人の少年時代を紹介したが、思わずこんな言い伝えを思い出した。
「栴檀は双葉より芳し」。そういえば、ニューヨークのカーネギー劇場は、鉄鋼王のカーネギーの寄付でできたものだ。栴檀は、年輪を経ても栴檀である。
16年12月01日 | Category: profile
Posted by: mao
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