名前:元橋茂夫
url:http://www.mao-kaikei.com
E-mail:junsan23@tkcnf.or.jp
士業種:税理士・公認会計士
所属団体:
住所:千葉県船橋市本町2-10-14 船橋サウスビル7階
Tel:047-495-8300
Fax:047-495-8400
■事務所紹介
  設    立:  1986年(S61) 元橋公認会計士事務所 開業
           現在は法人化し、税理士法人元橋会計事務所とし現在に至る
  所 員 数:   44名 (平成30年1月現在)

■所長プロフィール
  1981年(S56年)8月  公認会計士登録
  1985年(S60年)8月  税理士登録 
  趣    味:  食べること、飲むこと、仕事すること

※当事務所では税理士業務の他、財務に関する様々なコンサルティング業務を
 行っております。詳しい業務内容については弊社ホームページ(上に記載)をご覧ください。 
18年04月01日 | Category: profile
Posted by: mao
●人から嫌われる三つの理由
人から嫌われる理由は色々あるだろうが、もっともポピュラーな理由を上げるとすれば、三つあげることができよう。⑴話し方にカドがあり嫌われる。⑵人の話の聞き方が下手で嫌われる。⑶人の価値観を認めないで嫌われる。
まず第一の“カド”がある話し方とは、一体どんな話し方だろうか。
あるコンサルタントがスケジュールがいっぱいで、クライアントの講演依頼に応えることが無理なとき、仲間に緊急応援を頼んだことが何度かあった。その返事の話である。〈なんとカドのある返事をするんだろう!〉と思ったことがあるそうだ。
それは、「ああいいですよ」という返事。こんな返事もある。「・・お断りします」。またこんな返事にも辟易した。「講演料はいくらなの?」という冒頭の質問。
もちろん「お断りします」には、「丁度仕事が入っていて」などの前置詞はつく。
これらに共通するのは、「折角のご紹介なのに申し訳ない」という「意味」が省かれている。
本来なら、少なくとも「私のような未熟者でよければ・・お引き受けさせていただきます」と言うべきだ。英語でもコーヒーのすすめを断る場合、「ノーサンキュー」と言うではないか。「折角だが遠慮させていただこうかな・・」という感謝的な断り方である。

第二の聞き方だが、相手が自分とはまるで反対の意見を言うのに対して、「それは違うと・・」とか、言葉にこそ出さなくても、明らかに不満げな様子を露骨に示す聞き方だ。
いい聞き方は、「なるほど、そんな考え方もあるんですねえ」と応え、そしてしばしの時間を置き、「さっきのご意見ですが・・」と反論の趣旨を語るのがいい聞き方と思う。これを「イエス・バット法」と呼ぶ。

第三の価値観の問題だが、これは「聞く耳持たぬ」という接し方である。
ある銀行の経営センターに調査部長上がりの人がいて、この人が“聞く耳もたぬ”という人だった。よほど自分を切れ者と錯覚したのだろう。
こっちが挨拶をしているのに、ぷいと横を向く人であった。
紹介した部下が、「いつもあの調子なんだ」と言っていたが、挨拶する相手の顔を見ないとは・・・・互いに人間なんだから、価値観が異なるのが当り前なのだ。
しかしこの種の人は、自分の価値観だけは人に押しつけるものだ。自分の価値観は人に押しつけるのに、他人の価値観は聞こうともしない。我がままな人である。
18年04月01日 | Category: profile
Posted by: mao
●シワくちゃの札扱いには金も避けて通る
紙幣をくちゃくちゃにして、ポケットに入れるような人は金にも嫌われる、と言ったのは、原安三郎(元日本化薬社長)だが、似たようなことを語った人が別にもいる。あの小林一三である。
「ぼくは三井銀行大阪支店の貸付課員だった頃、銀行へ客がやってくると、よく先立って履物を揃えたものだ。銀行は本来、腰を低くすべき商売だが、貸付係でそこまでする人間はいなかった。むしろ威張っていた。それをぼくは、預金する客であろうと、貸付を依頼する客であろうと、相手によって態度を変えることはなかった。
あるとき、桑名(三重県)の素封家で知られた諸戸清六が銀行へやってきて、いざ帰ろうとする際、揃えた履物を見て、諸戸はしげしげとぼくを見て言った。
『あんたは感心な方だ。いまに必ず出世なさるに違いない・・』 」

ところで大財閥の諸戸清六は明治23年に、大金15万円を投じて桑名市に、水道を敷設寄付した。諸戸清六にして、この些事への気付きである。当時の三重県知事の年俸が4千円程度だったから、15万円はざっとみて知事の年俸37年ぶんに当たる。

●小事が大事な結果につながる
多くの人は、「専門のことはわからないからお任せします。とにかくよろしく・・」というような言い方をするのが、素封家は絶対に言わないことだ。
「そんなみみっちいこと、言うなよ・・」などといって、些事を無視して太っ腹を見せる人がいるが、過去の大富豪を見ると、そういう意味の太っ腹は一人もいない。
甲州財閥と呼ばれた雨宮敬次郎は、大きな火鉢を置いた応接間で商談をしていた。
雨宮は、客が帰ると火鉢の灰を見たそうだ。そして語っている。
「信用していい客は、灰を火(木炭)に寄せかけして、保護するように火箸を使う。しかしいい加減な相手は、灰を広げ散らして帰るものだ・・」
金が寄ってくるような人ほど、些事も大事にし、それを習慣化している。
18年03月01日 | Category: profile
Posted by: mao
●貧乏が人を育てる
オムロン(本社・京都)という会社がある。
従業員は3万5千名を数え、売上高は連結で8千億円に手の届く大企業である。
創業者は、九州の熊本出身の立石一真(1991年歿)という人である。
この人自身が書いた「私の履歴書」に、つぎのような一文があった。
「ある冬の夕暮、氷雨の降る街角で見知らぬ婦人に呼び止められ、年齢を尋ねられたので、〈小学校五年です〉と答えると、〈まあ、かわいそうに〉と、近くにあるその人の家に招かれ、お茶とお菓子をごちそうになったことがある・・」
「私の人生で、貧困は少年時代から始まった。よく〈ずいぶん苦労されましたね〉と言われる。しかしその貧しい境遇が、今日の幸せをもたらしたといえる」とも語っている。
また、こんな一文もあった。
「私が子どもの頃は、“貧乏の哲学”とでもいう精神的な支えがあったことも確か。
従って、人の親となってからも、自分の子どもたちに対しても、〈貧乏という条件を作ってやらなければいけない〉とつくづく感じている・・」
なるほど、考えさせられる。

一方別の話であるが、ある会社の社長には、子どもができなかった。細君は子宝を授かるように、新興宗教にすがった。すると男の子ができた。頼もしい会社の後継者だ。信仰で子どもができるはずはないのだが、そこを信じるからこそ信者というのだろう。
時が経って、この子が東京の大学に入るや、その社長は毎月100万円ずつ仕送りをした。
ところがこの息子にとっては、自分を規制するものは何もない。金はタナボタで毎月100万も使える。何をしようが、何に金を使おうが、自分に意見を言うものはいない。
ではこの息子は、贅沢な金と自由を生かして、立派な後継者になれるよう、自分を磨いたのだろうか。答えは「ノー」である。会社はとっくに破綻している。
こちらは、他山の石とすべき話である。
18年02月01日 | Category: profile
Posted by: mao
●除夜の鐘はいくつ?
人間には多くの“煩悩”というものがあります。
欲望、怒り、執着、猜疑など、いろいろとあります。四苦八苦するほどあるが、これを算用数字に置き換えると、4×9=36と、8×9=72の合計で、108となります。
これは一説で、とにかく“山ほどある煩悩”という意味です。
正式には、打ち出しから107までを年内に打ち、最後の一つをボーンと響く、新春の時の合図とともに叩くのだそうです。つまり、最後の一つは両年に跨るように叩くのです。
最後の除夜の鐘を聞き終わると、「新年が来たんだなあ」という思いにかられます。
東京では、築地本願寺、大本山増上寺、善福寺、浅草寺ほか、茨城では笠間除夜の鐘ほか、栃木では佐野厄除け大師、日光山輪王寺ほか、群馬では水澤寺(水澤観世音)などがある。
●除夜の鐘にも苦情が舞い込む
ところが世間には、除夜の鐘も何のその、「鐘の音がうるさい」と寺に苦情を言ってくる人間もいるとか。風変わりな人もいる世の中になった。
東京の小金井市にある、100年以上の歴史を持つ「千手院」が当事者で、苦情が殺到してついに中止を決めたという。
静岡県の牧ノ原にある、450年以上の歴史を持つ「大澤寺」も、苦情で中止にしました、ということである。
こういう輩が、夏の風物詩である風鈴の音が「うるせえんだよ」と言うのであろう。
●生き方を自問する節目にする
正月という月を、自分の生き方を自問する時間に充てる人も多い。
たとえば女流作家の宇野千代さんは、95歳のときこう自著に書いている。
「ある女性が死んだが、押し入れを開けてみたら、経帷子(きょうかたびら)をはじめ死に装束一切に、棺のぐるりに巻く晒しの布まで揃えてあった。感心な人だと褒める人もいたが、私はそうは思わなかった。死ぬ用意をしても死にたいと思ったわけでもあるまい。最後の最後まで生きる気力を失くさなかったという証拠を見るほうが、私は好きである。死ぬ覚悟ができていた、褒めるのが日本人は好きだけど、そんなものは死ぬ瞬間でもできる」
ずっと以前に、平櫛田中(ひらくしでんちゅう)のことを紹介した。彫刻家で文化勲章の受賞者だ。(満107歳で死去した。岡山県出身)
90歳で健康診断を受けたら、「肉体は70歳の健康体です」と言われ、だったらあと30年は仕事ができると言い、向こう30年ぶんの素材を買い込んだという。
田中語録というものがある。紹介しておこう。
「不老、60や70は鼻垂れ小僧。男盛りは百から百から。わしもこれからこれから」
「今やらねばいつできる。わしがやらねば誰がやる」
いくつになっても、前へ前へと物事を考える。肉体は衰えても。思考エネルギーは燃え盛り一歩も停滞は許されない。
最後に、日野原重明先生の最近の語録を紹介しておく。
「人生とは、未知の自分に挑戦することです」
18年01月01日 | Category: profile
Posted by: mao
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