所謂「労災隠し」には、心理的なものが含まれている。

よくメリット制により保険料が高くなるからと聞くが、たいていの企業においては少し保険料が高くなったという程度にすぎない。
もうひとつは、「災害ゼロ表彰」の問題。地元企業の顔役にもなっている面々にとっては、労災が出ると「顔が潰される」という発想と結びつく。被災者という存在は発想のなかには浮かばないか、浮かんでも自分の面子の方が大事というもの。よくいう「現場との溝」というものである。
そして、刑事処分、民事処分、行政処分と来る。クルマの事故と同じで、やはり(逃げよう)という意識がつい働いてしまう。顧問に相談して、落ち着いて処理しましょう。

さて、ここまで労災という扱いで説明してきましたが、実は大事なのは労働安全衛生法(長いので「安衛法」と呼びます)です。「労災」を仮に被災労働者の保険給付項目とすれば、「安衛法」は事業主の債務(不履行)項目という意義をもちます。
ちなみに、安衛法は条文数が多く、ざっと見るだけで大変な法律とわかります。各種規則集だけで「立ち」ます。したがって、自社業務と関連する項目だけ押さえるわけですが、これは大切なことです。というのは、被災の例だけ条文数が増えるという性質があるからです。そうして新たなケースが起ると、またそのケースを予防するための事業主が負担すべき「債務」条項が出来上がる仕組みです。なお、クルマの事故と同じで、いくら気をつけていても事故は起るものですので、過度のご心配は無用です。

《安衛法の措置は労働者の生命・身体に危害が及ぶことを防止することを直接の目的とするものではなく、労働者の生命・身体に危害が及ぶ危険性が発生する前に、その危険性の芽を摘み取ることを目的とするもので、事故の発生とは無関係に措置を講じていないことを処罰するものであって、刑法の業務上過失致死傷の罪とは本質的に異なるものである。》(『労働安全衛生法違反の刑事責任』日労研)